トピックスHAYABUSA2公募による地上観測に参加して

日本流星研究会 小林 美樹

2020年12月6日午前2時、真夜中であるにも拘わらずタブレット端末を視聴していた。やがて、画面には1点の光が映し出された、HAYABUSA2サンプルリターンカプセルだ。無事に地球大気圏に突入してくれたという安堵、現地へ送った観測機器は正常に動作しているのだろうかという不安、そしてどうして私は日本にいるのだろうかという憤りが三つ巴となって渦巻いている。その思いは、同日の午後7時25分に一通の電子メールを受信するまで続いた。

2019年12月12日付けで「HAYABUSA2サンプルリターンカプセル観測研究テーマ 提案募集」が行われた。長年、流星にまつわる「音のようなもの」について研究していた私にとって、短時間に消滅する流星の場合と違って、約1分間も明るい流星状態が続く宇宙機再突入は、願ってもいない好条件の観測となる。初号機の際には流星観測から遠ざかっていたため参加できなかったが、初号機の観測結果を精読していると、火球状態が数十秒間も続くサンプルリターンカプセルの再突入の場合、異常な音が検知できる可能性が高いように思われた。

そこで、以前より流星に伴うVLF電波放射の観測をされていた渡邉堯先生と共に観測研究テーマを提案した。提案した観測は採択されたが、丁度その頃、世の中は思いもよらない事態となっていた。全世界を震撼させたCOVID-19 pandemicである。あれだけ順調に進んできたHAYABUSA2プロジェクトは、最終局面で暗雲が立ちこめた。サンプルリターンカプセルの着陸予定地であるオーストラリア政府が外国人の入国を禁止したからである。

コロナウィルスに関する情報を収集しつつ、観測の準備を進めた。当初3名で渡豪する予定であったが、隔離期間を含む滞在日数を考慮し、最悪の事態を想定した結果、現地へは私1人を派遣することとして観測機器を作成することにした。提案した観測はVLF帯の電波観測(波形を100-96 kHzの音声信号として記録)と、多点マイクロフォンによる音声観測である。どちらも「音」を記録することに変わりはないので、ラジカセに良く似たデータロガーのボタンを押す練習を繰り返していた。

オーストラリア政府による外国人の入国禁止は継続していたが、プロジェクトチームの粘り強い交渉等により、規模を大幅に縮小したカプセル回収班の派遣が決定した。私は渡豪できず、観測を諦めかけていた頃、回収班による代理観測の提案を受けた。ドローンによるカプセル探索を行うチームは、カプセルが大気圏に突入している時間帯は待機中なので、その時間を使っていただけるという有り難いものでした。

代理観測となって、一番気を遣ったことは電源の確保である。VLF帯の電波観測にとって一番の大敵は電気機器が発するノイズであるが、電源がないことには観測装置は動かない。そこで乾電池(直列接続した単一電池8個を2セット)を使用することとし、最短でも3時間は稼働できるようにした。

時間管理は、秒と分の信号音を発生する、GPS時刻信号発生器を使用し、録音開始直後、最初に聞こえた分信号の時刻を観測者に読み上げていただき、時刻信号と一緒にデータロガーに記録することで、記録開始時刻の確定を行った。また時刻信号発生器の不具合や、記録開始時刻のアナウンスが不明確であった場合に備えて、観測装置の発送時にデータロガーの内部クロックをフリーランの状態に置き、ファイル作成時刻の情報(日・時・分)は確保できるようにした。

上記のように、データロガーに記録される時間情報は、全て国内での設定時であるJSTのままとした。パソコン等による時間変換などの操作を一切行わないこの方法は、時差のある移動先で観測する場合に起こりがちなトラブルを避けるという点で優れた方法であったことが後々証明された。

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写真はいずれも田中智氏撮影 乾電池駆動にしたGPS時刻信号発生器とデータロガー ループアンテナと観測成功祈願の御守り

以下は観測機器を作成して下さった加藤泰男(名古屋大学宇宙地球環境研究所)さんからのコメントである。

  • 砂漠の真ん中なので自然のノイズは全く問題にならないことは、オーストラリア内陸部でのVLF空電観測で経験済みであるが、現地の状況が良く判らない、周辺の機器からのノイズがどうなのかが一番気がかりでした。実際に、近くで他のグループの観測機器の電源として、ポータブルのエンジン発電器が動作していたようで、1 kHz以下の低周波域で、50 Hzで繰り返すパルス状ノイズの混信がありましたが、幸い解析で重要な1-10kHz帯への影響は殆どありませんでした。しかし将来の観測においては、十分注意する必要があると思います。感度設定が高すぎて飽和してはダメ、低すぎては肝心の信号が見えなくなる。結局はこちらで観測しているあたりに合わせたのですが、強い雷起源の空電の場合はやや飽和気味だったものの、非常に弱い再突入起源の電波は、問題無く記録されていました。(ご自身が渡豪できなかったことにより現地での調整が全くできず、一発勝負でした)

再び12月6日午前2時28分頃、サンプルリターンカプセルはおうし座のアルデバランあたりから、オリオン座のリゲル、うさぎ座、はと座、とも座、りゅうこつ座、はえ座を通過してケンタウルス座のα星とβ星の間を抜けたかと思うと徐々に暗くなっていった。初号機の時よりも暗いという印象であったが、兎も角も無事に帰還したということに安堵し、そのまま眠りに落ちた。



午後7時25分、代理観測を担当してくださった田中智准教授(当時)から電子メールが届いた。任務と移動で疲労困憊し一刻も早く休みたいところを、結果を待ちわびている我々に連絡下さった、「機器は正常に作動した」と。後は、観測データの入った観測機器を送り返してもらい解析するだけとなった。

観測データが届き解析に取りかかる。メインのVLF帯の電波観測データの解析については、渡邉堯先生にお任せし、私は環境音声記録のチェックを行ったが、やはり観測装置周辺からの環境雑音が多く、異常音の検出は不可能な状態であった。そこで、再突入に伴うVLF電波放射の発生のタイミングと光度変化との関係を調べるため、サンプルリターンカプセルの状態、光度変化の解析を行った。自分達が実際に現地へ行っていないため、タイムマークを入れた動画をプロジェクトチームから提供いただき計測した。その結果、TV中継を見ている時に感じた初号機に比べて「暗い」が数値となって現れた。初号機と2号機の光度差等についての結果は下記のとおりである。



※初号機については、国立天文台より情報提供いただいた。

アマチュアの観測者は、「観測したい」という気持ちが続いていれば、年齢に関係なく観測を続けられる。HAYABUSAのように長い年月を要するプロジェクトでも、人事異動や定年退職といったものに左右されることはない。しかし、今回のように政府による渡航制限には為す術が全くない。カプセル回収という重大な任務の中で、私達の観測を組み込んでくださったことにより、我々は貴重な観測データを得ることができた。

私達VLF帯電波観測チームは、プロジェクト終了後も解散することなく、流星の観測を継続している。2023年9月には、Osiris-Rexのサンプルリターンカプセルを観測にアメリカネバダ州まで遠征した。自分達で観測機器をセッティングして観測できる、それを今できているという喜びで大地を踏みしめた足の震えが止まらなかった。新型コロナパンデミックは、私に何でも無い日常の大切さと、どんな時にも最善の方法を模索する人達がいることを教えてくれた。

このように得難い経験に巡り合えたことは、「HAYABUSA2 サンプルリターンカプセル観測研究」を企画し、遂行くださった「はやぶさ2プロジェクトチーム」の計り知れないご尽力に他ならない。深甚の謝意を表するとともに、HAYABUSA2拡張ミッションの成功を心より祈念して、ここに筆を置くこととする。



2025.11.6
※この記事は、「HAYABUSA2サンプルリターンカプセル観測研究テーマ 提案募集(2019年)」で採択された観測研究の結果報告です。