トピックス「はやぶさ2」トークライブVOL.3報告
〜スペースガード〜

たまてばこ vol.6

「はやぶさ2」トークライブVOL.3は、2016年6月12日に相模原市立博物館にて行われました。今回のテーマですが、当初はAOCS(姿勢軌道制御系:Attitude and Orbit Control System)の予定でした。しかし、当日に「はやぶさの日」のイベントがあることと、Asteroid Day(小惑星の日)に関連するイベントを行って欲しいという依頼がありましたので、「スペースガード」という天体の地球衝突問題をテーマにして、「はやぶさ」や「はやぶさ2」のスペースガードにおける役割について取り上げることにしました。スペースガードについては、筆者は「はやぶさ」などの惑星探査に関わる以前から研究のテーマにしていたものです。ということで、筆者が話をさせていただきました。今回も、博物館の部屋がほぼ満員となりました(写真1)。

  • 写真1 はやぶさ2トークライブVOL.3の会場の様子

最初に、講演のプレゼンファイル(抜粋)と当日の様子を撮影したビデオを挙げておきます。

 当日のビデオ(YouTube)

詳しく知りたい方は、これらをご覧ください。

まず「はやぶさの日」ですが、「はやぶさ」が地球に帰還した日は、2010年6月13日です。この日を記念して、2012年から6月13日は「はやぶさの日」となっています。毎年、この日の前後に関連するイベントが行われていますが、今年は6月12日に、JAXA相模原キャンパスや相模原市立博物館にていくつかの催し物がありました。詳しくは、「たまてばこ vol.5」(http://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20160623/)をご覧ください。「はやぶさ」が地球帰還してからもう6年も経ってしまいました。トークライブでもそのときの写真をお見せしましたが、当時の感動がよみがえってきました(写真2)。

  • 写真2 「はやぶさ」が地球帰還したときの写真を示しているところ
    表示されている写真は大西浩次氏が撮影したもの。

一方、Asteroid Day(小惑星の日)の方ですが、こちらは1908年6月30日にシベリアに天体が衝突することで起きたツングースカ大爆発に因んだものです。昨年(2015年)から、6月30日をAsteroid Dayとして、天体の地球衝突問題を広く考えようという動きがイギリスから始まりました。詳しくはAsteroid DayのWeb(http://asteroidday.org)を見ていただくのがよいですが、この動きをはじめたのは、ロックバンドQUEENのギタリストでかつ天体物理学者でもあるBrian May氏と、天体衝突をテーマにした映画「51 Degrees North」を制作した映画監督のGrigorij Richters氏(以下ではGrigと呼びます)です。

そのGrigから、JAXAの野口聡一宇宙飛行士のところへ、今年(2016年)はJAXAもAsteroid Dayに協力してくれないか、という依頼がありました。そして、野口宇宙飛行士と話しをして、私の方で「はやぶさ2」のトークライブの中で対応することにしたのです。

天体の地球衝突問題を扱う活動は、「スペースガード(Spaceguard)」とか「プラネタリー・ディフェンス(Planetary Defense)」と呼ばれています。少し前までは、科学としてまじめに取り上げるような問題ではないと見なされていましたが、最近では国連でも議論がなされるなど国際的に関心が高まっています。Asteroid Dayもその一つです。

天体衝突というと、最近では2013年2月15日にロシアのチェリャビンスクに落ちた隕石が記憶に新しいところです(写真3)。落ちてきた隕石は、大きさが20m程度と推定されていますが、チェリャビンスクを含めて100km以上にもわたる範囲で窓ガラスが割れるなどの被害があり、負傷者が1500人にものぼったと言われています。そして、約100年前の1908年6月30日がツングースカ大爆発です。このときには、2000平方kmにわたって森林が被害を受けました。これも天体衝突によると言われていますが、そのときに衝突してきた天体の大きさは60m程度ということです。

  • 写真3 チェリャビンスク隕石を見せて話す筆者

さらには、6550万年前。それまで繁栄していた恐竜が忽然と滅んでしまいました。恐竜だけでなく、多くの生物種が絶滅したのです。その原因として言われているのが、直径10kmくらいの天体の衝突です。衝突した場所は、メキシコのユカタン半島で、地下に直径が180kmくらいのクレーターが確認されています。恐竜などが絶滅した理由はいろいろと議論があるところですのでここでは深くは触れませんが、少なくても天体が衝突すれば大きな被害が生じることだけは確かです。そのような被害を未然に防ごうという活動がスペースガードなのです。

スペースガードの活動には大きく2つあります。1つは、地球に衝突しうる天体を早めに発見しておこうという活動で、もう1つは、地球に衝突する天体があった場合にどのように衝突回避をするかを検討する活動です。

地球に接近する小惑星を探す活動は、かなり前から行われています。1998年くらいから本格的な観測が始まり、現時点では地球接近小惑星が14000個ほど発見されています。これらの天体が今すぐ地球に衝突する可能性はないのですが、まだ未発見の天体が多いと考えられており、継続して発見観測が行われているのです。特に大きさが数百メートル以下の小惑星については、地球に接近しうるのにまだ未発見のものが非常に多いと考えられています。ここで、地球接近小惑星とは、近日点距離が1.3au以下になるものです。彗星も含めて地球接近天体とも呼ばれます。英語では、NEO、Near Earth Objectです。このような天体が、地球に衝突する恐れがあるのです。(ちなみに、小惑星全体では、現在、72万個も発見されていますが、発見が急激に増えている理由は、スペースガードのための観測が積極的に行われているためです。)

天体の衝突回避の検討の方もいろいろと進んでいます。最も実現性の高い方法は、宇宙船などを小惑星に衝突させて、その軌道を変えることです。米国はディープインパクトというミッションで彗星に探査機を衝突させていますし、日本やヨーロッパも小天体まで探査機を送ることができますから、技術的には可能です。問題は、探査機レベルのものですと質量が軽いですから、小惑星の質量が大きいとあまり軌道を変えることができないことです。そのために、核エネルギーを使う方法なども検討されていますが、どこまで実現可能なのかはまだよく分かりません。ただし、映画によくあるように、地球に衝突してくる天体を破壊するのは得策ではありません。天体を破壊しても破片がすべて地球に降ってきたら、結局、大災害を引き起こすことになってしまうからです。

スペースガードについてはいろいろな話題があるのですが、書いていると膨大になりそうなのでこの辺で省略することにして、以下は「はやぶさ」と「はやぶさ2」がスペースガードにとってどのような意味があるのかについてのみお話しします。

「はやぶさ」は小惑星イトカワを探査しましたが、イトカワはまさに地球に接近する小惑星、NEOです。米国のニア・シューメイカー探査機が探査した小惑星エロスもNEOで、それもNEOとしては最初に発見されたものですが、エロスのような差し渡し38kmもあるような小惑星が近い未来に地球に衝突する可能性はまずありません。しかし、イトカワのような大きさが500メートル程度の天体は、いつ地球に衝突してもおかしくないわけで、「はやぶさ」ミッションは、現実的に地球に衝突しうる天体を世界で初めて詳しく調べたことになります。その結果、イトカワの構造は、ラブルパイル構造(がれきの寄せ集めのようなもの)であることわかり、仮にこのような天体が地球に衝突してくるときにどのように衝突回避をしたらよいのか、スペースガードの活動に問題提起をしました(写真4)。

また、「はやぶさ」が地球に帰還する直前に「はやぶさ」を地球に衝突する隕石と見なして光学望遠鏡による観測を行い、地球のどこに衝突するかを推定してみることも行いました。つまり、隕石の地球衝突を事前に予測する実験も行い、観測データが少ないながら事前予測が可能であることを示すことができました。

  • 写真4 「はやぶさ」の成果

一方、「はやぶさ2」ですが、基本的には「はやぶさ」と同じようなことを行いますが、探査の対象である小惑星リュウグウがC型であるという特徴があります。C型の小惑星の表面物質には有機物や水が含まれているはずで、それを調べることが「はやぶさ2」の科学的な目標です。そして、リュウグウもNEOなのです。イトカワはS型の小惑星でしたから、今度はC型の小さいNEOがどのような構造なのかが分かります。このことも、天体の地球衝突回避のための重要な情報になります。

さらには、「はやぶさ2」には衝突装置という新しいものがあります。目的はリュウグウの表面に人工的なクレーターを作ることで地下の物質を露出させ、さらに採取するということです。これもスペースガードにとって興味深い実験となります。「はやぶさ2」に搭載されている衝突装置は小さいですから、相手がよほど小さくない限りは天体の軌道を変更することはできませんが、将来に向けての可能性を探る実験となります。それに、実は、「はやぶさ2」の初期検討のころは、「はやぶさ2」と同時に別の探査機(衝突機)を打ち上げて、衝突機そのものが小惑星に衝突するということも検討していました(写真5)。実際のリュウグウは直径が900m程度あるので、衝突機が衝突してもその軌道はほとんど変わりませんが、仮に天体の大きさが60mくらいだとすると、有意に軌道を変化することができます。似たようなアイディアですが、アイダというミッションがヨーロッパと米国で共同検討されています。これは、バイナリ(連星)となっている小惑星に2機の探査機が向い、1機の探査機が片方の小惑星に衝突することで軌道を変更する実験を行うものです。

  • 写真5 「はやぶさ2」の初期の頃の検討

「はやぶさ」や「はやぶさ2」の主目的は、往復探査の技術開発と、太陽系や生命の起源を探るということですが、副産物としてスペースガードにも貢献するミッションとなっています。

最後に「はやぶさ2」の現状についても少し触れておきますと、運用は順調に行われています。スイングバイ後の第1回目のイオンエンジン長期運転(2016年3月22日〜5月5日。5月20日に追加運転あり)も無事に終わりました。その後、火星の試験観測等も行い、小惑星到着に備えています。

トークライブVOL.3にも、多数の皆さんに参加していただきまして、どうもありがとうございました。また、今回は「はやぶさの日」のイベントとも重なっていた中で、相模原市立博物館の皆さんやボランティアの皆さんに大変お世話になり、ありがとうございました。

次回のテーマは、今回延期となりましたAOCSの予定です。お楽しみに。

  • 写真6 スタッフの後ろ姿
    当日、話すのを忘れていましたが、筆者(一番右)が着ていたジャンパーは、「はやぶさ」の地球帰還の運用時に着ていたものでした。真ん中の2人が着ているのは「はやぶさ2」のジャンパーです。

※追加情報
その後もGrigとはメールのやり取りを続けています。彼が作っているAsteroid DayのWeb(http://asteroidday.org)はどんどん進化しています。また、日本でも日本スペースガード協会(http://www.spaceguard.or.jp/ja/index.html)が中心となり、日本惑星協会(http://planetary.jp)の協力も得て、Asteroid Dayのイベントが2016年7月10日に倉敷で企画されています。JAXAも協力しています。日本ではスペースガードについてあまり知られていませんが、この機会に関心を持っていただけますと幸いです。

「はやぶさ2」トークライブコーディネーター 吉川真
2016.06.28