トピックス拡張ミッション第3期イオンエンジン運転完了

「はやぶさ2」拡張ミッション運用状況報告(https://www.hayabusa2.jaxa.jp/news/status/ 2022年11月14日の報告)でもあったように、 2022年5月31日から続いたイオンエンジンの拡張ミッション第3期運転を、2022年11月14日に完了しました。 イオンエンジンチームは、2020年12月6日にサンプルの入ったカプセル帰還から間もない、2021年1月19日〜3月16日(第1期)、2021年5月25日~12月27日(第2期)、と矢継ぎ早に課せられた運転ノルマを、他部門からのサポートメンバーにも助けられながら達成しました。 この期間、4台のべ約1万時間におよび、地球帰還までの累計が2万2千時間だったことを考慮すると、拡張ミッションに入ってからいかに短期間で集中的に運転したかがわかります。
現時点で運転実績を以下の表1に示します。 4台のべ運転時間こそ、「はやぶさ」より7千時間ほど少ないものの、エンジンが生み出した力積(推力に時間を掛けたもの)は、 「はやぶさ」を超え1.013MN・sを達成しました。4台の推力は25%程度向上し各々10mNを超え、短時間で多くの推力を吹いたことになります。 力積は探査機の運動量変化に対応し、質量が2割ほど増加した「はやぶさ2」でも、増速量⊿V(km/s)は2km/sに迫る1.9 km/sとなっています。

表1 「はやぶさ」と「はやぶさ2」のイオンエンジンの運転状況比較(©JAXA)力積は運転時間に推力を乗じた物理量、MNはメガ(10の6乗)ニュートン。




また拡張ミッションでは、イオンエンジンの中和器の劣化を示すデータがみられるようになりました。中和器の寿命は「はやぶさ」でも問題となったことから、改良設計を施しています。「はやぶさ2」打ち上げに先行して始めた地上耐久試験では世界最長となる8万時間以上の運転を達成し、現在も記録更新中です。2000年に行われた「はやぶさ」のイオン源との組み合わせ試験でも1.8万時間, 2万時間の耐久性を2回実証していることから、 この地上と宇宙の耐久性の差を検証する活動を行ってきました。
図1に示すように、イオンエンジンには、熱制御剤が貼り付けられた金属カバーがついています。このカバーがイオンエンジンのプラズマによって削られ、導電性を失うと中和器からでた余剰電子を回収できなくなり、あたかも中和器本体が劣化したかのようなデータがとれることが、地上の再現試験で確認できました。 地上での耐久試験では、イオンエンジンの作動によって削られた真空チャンバ由来の金属(チタンや鉄)が、堆積する領域であったため、導電性が維持されてしまう領域です。今回、意図的に絶縁させる実験を行い、確認しました。また「はやぶさ2」で初めてつけられた、イオンエンジン近傍のセンサー(図1)からも、損耗を示唆するデータが確認できています。本来はエンジン由来の堆積物をモニタするセンサーが、堆積ではなく損耗を示唆していることは、新しい発見でした。加えて熱制御剤の損耗により、温度が高温側に変化していく様子もとれているなど、宇宙での様子が徐々にわかってきました。

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図1 「はやぶさ2」のイオンエンジンA,B,C,Dと表面センサー(©JAXA)

またイオン源でも劣化傾向は見えてきています。燃費性能(比推力)も打上げ時に比べ1割ほど低下しました。この現象も、地上の耐久試験では確認できなかった現象です。 地上試験では、イオンビームによって削られた真空チャンバ(地上試験設備)の鉄やチタンなどがエンジン内部まで入り込み、カーボンなどの絶縁部材の付着による燃費性能の低下を、打ち消している可能性があると推定し、現在、検証研究を行っています。  このように「はやぶさ」で世界初の宇宙実証を果たしたマイクロ波イオンエンジンは、はやぶさ2拡張ミッションでは性能の限界に挑戦し、地上では完全に検証しきれなかった宇宙特有の事象について、知見を得て対策をおこなっています。燃料のキセノンはやや余裕があることから、現在は中和器の運転モードを工夫することで、金属カバーの導電性喪失を解決できないか、検討を行っています。
図2(中)に示すように、イオンエンジンは通常、イオンビームに対して3mA以上の余剰電子(電子ビーム)を出すように制御されています。これは複数台のイオンエンジンを運転する際に電子がそれぞれのイオン源に対してペアとなるように制御するための運転モードです。余剰電子を探査機の表面で回収する必要があります。 そこで図2(右)に示すように中和器の電源を切り、短絡させることでNeut-offモードにします。これにより電子とイオンが等しく排気されるようになります。能動的な制御ではなく、各イオンエンジンのプラズマ電位に応じて受動的に電位が沈み込み運転条件が決まるモードであるため、複数台運転が難しくなるなどの制約があります。
今後は、軌道を1台運転に最適化し、時々刻々と劣化していくイオンエンジンを、少しでも長く運転できるように地上での研究活動を行い、2025年以降再開する本格的な運転に備えていきたいと思います。

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図2 マイクロ波イオンエンジンの運転モード(©JAXA)


はやぶさ2拡張ミッションチーム
2022.12.23