トピックス「はやぶさ2」の光学カメラで
惑星間塵の謎に迫る

「はやぶさ2」が探査したリュウグウは赤道直径約1 km、拡張ミッションの目的地である 1998 KY26 は直径たった30 mほどと予想されています。これらの天体は「小惑星」と呼ばれている通りとても小さな天体です。では、小惑星が太陽系で最も小さい天体かと言うと、実はそんなことはありません。例えば、地上で観測される流星の正体は、大きさが数cmから数mmの石粒です。このほか、太陽系内には「惑星間塵」と呼ばれる大きさが1mmよりも小さい塵(チリ)が大量に存在していて、なんとそれらが地球に毎日100トン以上も降り注いでいるのです。この惑星間塵は、彗星によってばらまかれたものであったり、小惑星に別の小惑星などが衝突した際にまき散らされたものであると考えられています。「はやぶさ2」も、リュウグウへの2度のタッチダウンや、衝突装置(SCI)による人工クレーターの生成により、惑星間塵を生成してばらまいたと言っても良いでしょう。この惑星間塵が、太陽系の中でどのように分布しているのかを探ることは、太陽系内の物質移動などを考える上で重要です。そこで私たちは、「はやぶさ2拡張ミッション」中に、惑星間塵の分布の測定に挑みます。

この広い太陽系内に浮かぶ1 mmよりも小さな惑星間塵の分布をどのように調べるのでしょうか? 私たちは、リュウグウ探査で活躍した「はやぶさ2」搭載の光学航法望遠カメラONC-Tで「黄道光」を観測することで、それを調べようとしています。惑星間塵が太陽光を散乱することで、実は太陽系全体が淡く光っているように見えます。これが黄道光です。実は黄道光は、地球上でも暗い所に行けば肉眼でも見ることができます。以下の図は2021年8月9日にONC-Tで取得した黄道光観測データです。得られるデータはこのような普通の星空画像となります。このような画像から、星などの天体が写っていない暗い夜空の部分の明るさを測定することで、黄道光の明るさを導出します。



黄道光観測データの例。
2021年8月9日にONC-Tによって撮影。くじら座の方向。
(画像クレジット:JAXA, 東京都市大, 関西学院大, 九州工業大, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研)

黄道光を観測することで、惑星間塵について調べることができるのですが、地球からの、もしくは地球を周回する宇宙望遠鏡による黄道光観測には1つ問題点があります。それは、手前の惑星間塵によって散乱された光と、奥の惑星間塵によって散乱された光が重なって黄道光として観測されるので、惑星間塵が手前にどれだけ存在して、奥にどれだけ存在するのかという空間分布を調べることが難しいという点です。そこで「はやぶさ2拡張ミッション」の出番です。拡張ミッションでは、2027年の地球スイングバイまでの期間は太陽から0.7-1.0au(*1)の範囲を、その後は1.0-1.5auの範囲を「はやぶさ2」は飛行するので、地球とは異なる位置から黄道光を立体的に観測できるのです。このように、太陽系内の様々な位置から黄道光を観測し、惑星間塵の分布を明らかにしたいと思っています。これは、常に太陽から1auの位置を周回している地球からはできない観測で、太陽系内の広い範囲を長期間にわたって航行する「はやぶさ2拡張ミッション」だからこそ実施できる観測です。

黄道光を観測することは、太陽系内の小さな惑星間塵を調べるだけにとどまらず、ビッグバンによる宇宙誕生後の星やブラックホールの形成史について調べることにも繋がります。宇宙では、主に星やブラックホールから光が発せられるので(*2)この宇宙にどれだけの量の光が満ちているのか、つまり「宇宙の明るさ」を測定することができれば、宇宙にどれだけの量の天体が存在しているのかを推定することができます。しかし、「宇宙の明るさ」測定の最大の邪魔者となるのが、それより何倍も明るい「太陽系の明るさ」である黄道光なのです。つまり「太陽系がまぶしすぎて、宇宙の明るさの測定が難しい」のです。そこで、「はやぶさ2」による黄道光の観測を進めることで、邪魔者である黄道光についてよりよく理解し、「宇宙の明るさ」の測定に役立てたいという目的もあります。

リュウグウ探査やサンプルリターンなどの「はやぶさ2」の大成功のバトンを引き継ぎ、拡張ミッションというまたとない機会を最大限に活かして、黄道光観測で良い成果が得られるように頑張りたいと思います。

*1: 1au(天文単位)とは、太陽-地球間の平均距離であるおよそ1億5000万kmを表します
*2: ブラックホールに物が落ちるときに光が放出されます

参考:
撮影された領域にある天体を同定してみますと、次の図のようになります。


(画像クレジット:JAXA, 東京都市大, 関西学院大, 九州工業大, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研)

中央付近に明るく写っている星が、くじら座のイオタ(ι)星です。くじらの尾の先端付近にある星で、見かけの等級が約3.6等、黄橙色の巨星です。くじら座には1等星はないのですが、ミラという有名な変光星があります。ミラとはラテン語で「ふしぎなもの」という意味ですが、平均332日ほどの周期で2等星から10等星まで明るさが変化します。なお、くじら座の「くじら」は普通のくじらではなくて、ギリシア神話でアンドロメダ姫を食べようとする化け物くじらのことです。


はやぶさ2プロジェクト ONCチーム・黄道光チーム(文:津村耕司)
2021.8.20