トピックスレーザーで600万 km の距離を測りました

2020年12月,カプセル地球帰還の吉報の裏では,別の実験を進めていました.リュウグウでは地形を測るために使われたはやぶさ2のレーザー高度計(LIDAR)を,今度は地球からの距離測定に使おうというものです.

レーザーで距離を測ること自体であれば,最近は個人でも買える製品が普及していますが,人工衛星や探査機といった遠く離れた物体までの距離測定となると容易ではありません.数百 km から数万 km の距離にある人工衛星や,38万 km の距離にある月には,コーナーキューブリフレクタと呼ばれる反射プリズムが設置されていて,地上の望遠鏡からパルス状のレーザーを出しその往復に要する時間を測ることで距離を知ることができます(衛星レーザー測距技術 リンク:https://geo.science.hit-u.ac.jp/research/minilec-slr/).ところが,対象物が月より遠くなると反射光が弱くなりこの手段は使えないため,地上と宇宙機の両方からレーザーを送りあうことが必要になります.この方法での距離計測の成功例は,世界でもごくわずかです.

はやぶさ2 LIDAR は,小惑星リュウグウのあたりでは,自らレーザーを出し,数十 km までの距離にある物体からの反射を受信しました.それとは異なり今回は,外部から信号を受けたときのみ,レーザーを出す設定にしました.そして,地上局からもレーザーを出し,地上局を出たタイミングと,はやぶさ2からのレーザーが届くタイミング,その両方を正確に測定することにしました.はやぶさ2 LIDAR も,地上局も,望遠鏡の視野やレーザーのビーム広がり角は非常に狭いので,はやぶさ2の軌道決定と姿勢制御,そして地上望遠鏡の指向方向は非常に高い精度が求められます.針と針を突き合わせるような難しさです.


図:はやぶさ2送受信系の異なる使い方.左:リュウグウ付近.右:地球スイングバイ後.
(画像クレジット:一橋大学・大坪俊通)

2015年の地球スイングバイのときにも,この実験は実施されています.そのときには,オーストラリアのストロムロ局からの片道(往路)送信には成功しましたが,復路の信号は確認できませんでした.今回 2020年は,日本の小金井,オーストラリアのストロムロに加え,フランスのグラースとドイツのヴェッツエルも加わりました.はやぶさ2からの信号は非常に微弱なので,大きな望遠鏡が必要で,また,はやぶさ2に合わせて赤外線領域で観測が可能な局が選ばれました.地球最接近翌日の12月7日から23日まで実験は続きました.


図:国際観測ネットワーク
(画像クレジット:一橋大学・大坪俊通)

前回の実績もあり,往路の確立は初日から成功しました.復路については,予想はしていましたが容易ではありませんでした.信号が弱いこと,天候が刻々と変わること,軌道と姿勢の要求精度が高いこと,昼間の観測のためノイズが激しいことに加え,地上局で調整を加えても光が往復する時間(初日で 4秒,最終日で 45秒)の遅れが発生することなども,この実験を難しくしました.さらに,探査機側の機上遅延量(レーザーを受信して送信するまでの時間差)が変動するため,観測実施時には復路の成功・不成功はまったく不明という,もどかしい実験でもありました.これは,はやぶさ2からのテレメトリを得てから,信号の地上局発射時刻と探査機到達時刻とを照合して,やっと機上遅延量を知ることができたためです.また,当初は,筆者などの連絡役が海外局に出向く予定でしたが,それが叶わず,相模原からのオンライン会議システムでのやりとりとなったことも,もどかしさに拍車をかけました.

細かい調整を行いつつ迎えた実験3日目の2020年12月9日,グラース局にて復路までの観測に成功しました.実際には,われわれは翌日になって「もしや?」,翌々日にはほぼ確信に至りました.グラース局で計測した往復所要時間に,はやぶさ2の機上遅延量を補正した結果がこのグラフです.-0.5 マイクロ秒あたりの点が集中しているものがはやぶさ2からの復路信号です.そのほかにある多数の点は,太陽光などによるノイズです.はやぶさ2は地球接近後太陽に近づく方向(太陽・はやぶさ2の離角は30°)に向かったため,観測が昼間になり,大量のノイズと格闘することとなりました.観測局においても,ノイズは極力抑えつつ,一方で信号は消さないように,ぎりぎりの運用をしていただきました.


図:2020年12月9日 グラース局での復路観測.時刻は世界時.
(画像クレジット:JAXA・国立天文台・情報通信研究機構・一橋大学・千葉工業大学・北海道大学・産業医科大学・大島商船高専)

小金井・ストロムロ・グラースからの往路は,天候が許す限りほぼ連続的に確立できました.さらに,現時点での解析では,12月9日(片道距離 140万 km)と12月21日(片道距離600万 km)にグラースにて復路まで確認できています.ヴェッツェル局は,装置準備や天候の関係で観測には至りませんでした.

4局の方々は,ロックダウン発生のなか準備を進めてくださり,またクリスマス前の時期にはやぶさ2のために観測時間を取っていただきました.ここに感謝いたします.グラース局のみなさんは,こんなに雪が積もったときにも,悪路のなか通勤し,晴れ間を見つけて観測していただきました.


写真:グラース局の 1.5 m 望遠鏡と本実験に協力いただいたみなさん
(画像クレジット:コートダジュール天文台 Clément Courde 氏)

3週間という期間限定のなか,探査機はどんどん地球から離れて観測が難しくなったり,天候の変化や地上局システム不調を経験したりと,緊張が続く日々でありました.一方で,深宇宙ミッションほぼ初参加の筆者にとっては,毎日相模原に通って経験することはわくわくの連続でもありました.水野 PI のリーダーシップのもと,JAXA・国立天文台・情報通信研究機構・千葉工業大学・北海道大学・産業医科大学・大島商船高専の方々が,事前準備から運用までを完ぺきにこなしてくださったことが成果に結びついたものと感じています.そして,この実験が,はやぶさ2の成果の一つとして認められ,将来の深宇宙高精度ナビゲーションの一助となればうれしいことです.

はやぶさ2レーザ高度計サイエンスチーム
大坪俊通(一橋大学大学院社会学研究科教授)

2021.03.17