トピックス地球-リュウグウ間のイオンエンジン
による往復運転完了


10ヶ月前、慣れ親しんだ小惑星リュウグウを離れ、地球帰還へのイオンエンジンを続けてきた はやぶさ2は、2020年9月17日午前3時15分45秒(日本時間、以下同様)にイオンエンジンシステムを計画通り停止し、往復のべ22,348時間に及ぶ地球往復のイオンエンジン運転を完了しました。
最終日のイオンエンジン運転は地球帰還軌道に接続するための精密な軌道修正(TCM-0)であったため、通常のイオンエンジン運転と異なり非常に精密な推力制御が求められました。イオンエンジンの停止時刻を微調整し、探査機の速度を計画値にぴったり合わせる必要があります。

図1 イオンエンジン運転終了時のドップラーモニタの画面(画像クレジット:JAXA)


図1は「(2way)ドップラーモニタ」と呼ばれる画面です。縦軸が「計画された軌道 と実際の軌道との視線方向の速度残差」を意味します。この差が0になる点を予想して停止時刻を決めます(※折返し測定のため、この数字の半分が実際の速度残差になります)。赤い丸のプロットはその瞬間の速度差を表しています。傾いているとこは推力を発生しているところで、イオンエンジンが安定であれば、この傾きが精度良く求まり、静止時刻が正確に求まります。

はやぶさ2が地球に近づいたことで、リュウグウ到着時では16分もあった片道伝播遅延(光の速度による遅延)は2分になりました。リュウグウ到着時のイオンエンジン停止は16分以上前のデータを使っての停止時刻推定だったので、これが2分前まで計算できて楽になりましたが、それでも時々刻々と変化するイオンエンジン推力を正確に読んで、遅くとも停止2分前には1秒単位で停止時刻を修正する必要があります。決して簡単な作業ではありませんでした。 しかし手塩にかけて育てたイオンエンジンシステムは、我々の気持ちを汲んでくれたかのように非常に安定に動作し続け、軌道決定グループの正確な予想とも相まって、果たして誤差0.05mm/s以下という驚異的な精度で運転を完了することができました。計測精度もほぼ同じ値ということなので、実質「誤差ゼロ」での停止ということになります。 そういえば、はやぶさ初号機のイオンエンジンも、それまでボロボロだったくせに最後のTCM-4だけは嘘のように安定して動き続けていました。愛情を注いだ機械は応えてくれるものですね。

ネットでは「順調すぎてドラマがない」と揶揄されるはやぶさ2ですが、その開発は決して平坦なものではありませんでした。
イオンエンジンシステムはプラズマ装置に加え、電気系・ガス系・姿勢制御系など複数のコンポーネントから構成されるサブシステムであり、探査機の大きさの数十パーセントを占めます。初号機の経験があるとはいえ、管理すべき物の多さから開発は困難を極めました。スケジュールマージンを食いつぶすIESは、はや2開発の「劣等生」とも呼ばれていました。しかしながら、優秀で馬力ある(少し尖った)先輩方や初号機の経験者の皆様に導かれて、イオンエンジンはギリギリのスケジュールで完成に至りました。
今になって思えば、打ち上げ前の試験でおよその不具合を経験していたことが、その後の安定運行に繋がりました。あの時諦めなくてよかったと心から思えます。
復路巡航開始前、リュウグウのお宝を抱えた状態でのイオンエンジン試運転は、喉がカラカラになるほど緊張しました。「着陸を2度も経験したはやぶさ2のイオンエンジンは本当に動作するだろうか?」「高電圧をかけた瞬間に壊れたりしてしまわないだろうか?」「リュウグウを追いかける往路と違って復路の地球は待ってくれない。きちんとノルマ通りに運転できるだろうか?」そんな不安を抱えながらの試運転でしたので、12月3日午前11時42分「イオンエンジンの安定作動を確認しました。これより、はやぶさ2は地球帰還を開始します。」と宣言したときは柄にもなく膝が震えました。復路運転開始の時といい、今回の運転終了といい、ツイッターからたくさんの応援・リプライをもらいましたね。とても勇気づけられました。ありがとうございました。

最後に、私から皆様への感謝の言葉と、IESチームの西山先生と月崎くんからメッセージを掲載して、この文書を締めくくらせていただきます。

イオンエンジンの開発・運用に携わったJAXA、NEC、MHI、その他メーカの皆様、
イオンエンジンのための軌道設計を担ったNEC軌道計画の皆様、精密な軌道決定を担ったJAXA深宇宙追跡技術Gと富士通の皆様、
ひたすら続く日々の巡航運用を担当してくれたSV、SYS、AOCS、計画系、追跡の皆様、
電気推進の可能性を信じてタスキをつなぎ続けてくれた先輩方、
いつも応援してくれて、仲間を増やす協力をしてくれる はやぶさ・はや2ツイッターのフォロワーの皆様、
そして、はやぶさ2を応援してくれる世界中の皆様、

イオンエンジンμ10は前人未到の小惑星2往復を達成しました。

やったぜ!!


    往復完走直後、管制室での西山先生の挨拶

『以上をもちまして地球帰還前の「はやぶさ2」イオンエンジンの運転を終了いたします。皆さん、今日までのイオンエンジンによる長旅、たいへんお疲れ様でした。このイオンエンジンの乗り心地はいかがだったでしょうか?
10年前の「はやぶさ」の時は、イオンエンジンの最後はボロボロで、とぼとぼと歩きながらかろうじてゴールにたどり着いたような感じでした。対照的に、 「はやぶさ2」では、最後までどのスラスタも最大推力を発揮できる状態で、新品のスラスタ1台と半分以上のキセノンを温存することができました。
これはひとえに、短期間での探査機開発に尽力下さったメーカの方々、イオンエンジンに優しい最適な軌道を計画してくださった方々、効率的かつ精密に軌道決定してくださった方々、管制室・運用室・地上局で長期間の巡航運用を支えてくださった多くの方々、そして何よりも「はやぶさ2」を応援してくださったすべての方々のおかげです。
地球帰還まで残りわずかですが、あとは化学推進におまかせします。その次はカプセルの出番です。
深宇宙における日本の電気推進の灯を消すことなく、はやぶさ2拡張ミッションでもイオンエンジンが存分に役目を果たすことで、次の世代にバトンを渡していきましょう。
どうも、ありがとうございました!』

(はやぶさ2 イオンエンジン責任者 西山和孝)


    イオンエンジン担当の月崎君のメッセージ
『学生時代の研究成果を、職員として開発に携わり、そして運用メンバーとして最後まで小惑星・地球の往復航行に導けたことは、宇宙に携われることは一生で数えるほどしかないと言われる宇宙技術者として、この上なく幸運なことだと実感しています。イオンエンジンの運用は、私の趣味でもあるマラソンに例えられることもしばしばあります。2031年に小惑星到達をめざす拡張ミッションが発表されたことは、フルマラソンでいえば、42.195km完走直後に、真のゴール地点は100kmだといわれたような気分でもあります。幸いなことに燃料のキセノンもあり、イオンエンジンの状態も非常に良いです。100億キロの宇宙航行完走を目指して、これからも公私にわたり、元気に走ってまいりたいと思います。』
(はやぶさ2 イオンエンジン担当 月崎竜童)



優秀だったイオンエンジンには、ご褒美として「あと11年くらい飛べる軌道」を計算してもらえました。長いミッションです。後輩を育てつつ、遥かな星を目指します。


図2 イオンエンジン往復完走後の集合写真。2020年9月17日未明撮影。(画像クレジット:JAXA)


図3 完走後の寄せ書き(画像クレジット:JAXA)



細田聡史 as IES兄 (はやぶさ2 イオンエンジン担当)
2020.09.25