トピックスONCでわかった、炭素の多い黒いリュウグウ

小惑星探査機はやぶさ2の光学航法カメラONCによる約半年間のデータを解析した結果をまとめた論文(Tatsumi et al., 2020)が、科学雑誌Astronomy & Astrophysicsに掲載されることが決まりました。この論文はONCサイエンスチームを中心として行われた研究成果です。この論文では、蓄積されたデータをもとに、リュウグウの明るさや表面の反射特性を明らかにしました。

論文タイトル: Global photometric properties of (162173) Ryugu
著者: E. Tatsumi, D. Domingue, S. Schröder, Y. Yokota, D. Kuroda, M. Ishiguro, S. Hasegawa, T. Hiroi, R. Honda, R. Hemmi, L. Le Corre, N. Sakatani, T. Morota, M. Yamada, S. Kameda, T. Kouyama, H. Suzuki, Y. Cho, K. Yoshioka, M. Matsuoka, C. Honda, M. Hayakawa, N. Hirata, N. Hirata, Y. Yamamoto, F. Vilas, N. Takato, M. Yoshikawa, M. Abe, S. Sugita
DOI: 10.1051/0004-6361/201937096

■論文の概要
2018年7月〜2019年1月まで、半年間のデータを用いて、リュウグウの反射特性を調べました。この研究では様々な角度からのリュウグウの画像を用いています。基本的には、探査機はやぶさ2はアンテナと太陽光パネルを地球に向ける姿勢をとっている(図1)ので、長期間の観測を蓄積することにより、太陽とリュウグウ、そして地球の位置関係が変わり、幅広い観測角度を実現できました。初期成果論文であるSugita et al. (2019)でも反射率を計測していましたが、その時はカバーされている位相角が小さく、この研究では精度が大幅に向上したと考えられます。この研究の目的は大きく分けて2つあります。
1. 地上観測とONC観測を比較することで、ONCカメラの観測精度を確認すること。
2. リュウグウの表面のアルベド(反射率)と粒子の特性を明らかにすること。
本研究の結果、ONCカメラの精度が高いことが保証され、またリュウグウの平均標準反射率は1.87±0.14%であり、炭素含有量が>2wt.%と非常に高いことが示唆されました。また、リュウグウでは弱いPhase reddening効果(後述)が確認されたことから、表面に波長長程度の微粒子が存在すると考えられます。驚くべきことにこの反射率の値やPhase reddeningの程度はベヌー(Bennu ※)に近いもので、表面の反射特性が非常に似ていることがわかりました。

図1 太陽とリュウグウと探査機はやぶさ2の位置関係。
時間が経過すると、これらの相対位置関係が変わり、幅広い位相角が実現できる。©Eri Tatsumi



■地上望遠鏡観測とONC観測の比較
本論文では、2012年にはやぶさ2地上観測チームによりGEMINI-South望遠鏡で観測されたリュウグウの反射スペクトルをはじめとして、24つの地上観測スペクトルとONC観測による反射スペクトルを比較しました。Airmass(大気の厚さの指標)が低く、口径の大きな望遠鏡ではノイズレベルの低い高精度なスペクトルが得られています。これとONCカメラで得られたスペクトルを比較したものが図2になります。高精度な地上観測もONC観測も平坦なスペクトルを示していることがわかります。
このことから、ONCの校正精度が高いことが示されました。

図2 リュウグウの24つの地上観測スペクトル(灰色、赤色)とONC観測スペクトル(黒)の比較。
地上観測のノイズが小さいもの(SNRが高い)から順番に左上から右下に並んでいる。
本研究で得られたGEMINI-Southによる観測結果はS01,S02,S03。(Tatsumi et al., 2020)



■位相関数
位相角に応じてリュウグウの明るさがどのように変化するかを調べたものが位相関数です。今回得られた位相関数(図3)からリュウグウが位相角0あたり(観測者の真後ろに太陽があるような状態)で急に明るさが増している様子がわかりました。これは衝効果と呼ばれ、月やイトカワなどでも見られた現象です(イトカワの衝効果:http://www.isas.jaxa.jp/j/special/2008/hayabusa/11.shtml )。位相関数は天体によって違った特性を示し、それらは表面の凹凸や粒子径などの状態を反映すると考えられています。また、位相関数においてもONC観測は地上観測と良い一致を示していることがわかります。
この位相関数をフィッティングしモデル化することにより、同じ観測角で見たときにどのような反射率を持つかを表す反射率(アルベド)マップを得ることができます(図4)。


図3 リュウグウの位相関数(位相角と反射率の関係)。カラーのシンボルははやぶさ2の運用(Box-A, Box-Bなど)を示しており、灰色のシンボルは地上観測の結果です。両者がよく一致していることがわかります。(Tatsumi et al. 2020を改変)


図4 リュウグウの反射率(アルベド)マップ。これは、12枚の画像を位相角30度から見たときにどう見えるかを計算し、つなぎ合わせて作成されたものです。赤道のあたりの反射率が高いことや、部分的にアルベドの高い・低い部分が存在することがわかります。ただし、変化率は小さく約10%程度しか変化しません。(Tatsumi et al. 2020)



■暗いリュウグウ
物体の明暗を表すのが“反射率(アルベド)”ですが、本観測ではより精度の高い反射率(アルベド)を求めることができました。反射率にも目的に応じていろいろな反射率があります。下記はもっともよく使われる指標の例です。
幾何アルベド:位相角0度で天体を正面から観測した時に完全拡散面の反射率を1とした時の反射率。望遠鏡観測ではこの条件で測られることが多いです。
標準反射率:位相角30度で天体を正面から観測した時に完全拡散面の反射率を1とした時の反射率。室内実験ではこの条件で測られることが多いです。
本研究ではリュウグウの平均幾何アルベドは4.0±0.5%、標準反射率は1.87±0.14%と非常に低い反射率を持つという結果が得られました。この値はSugita et al. (2019)をやや下方修正する形になりました。この値が意味するところは、リュウグウの炭素量が非常に多いのではないかということです。図5の加熱を受けた炭素質隕石の炭素含有量と標準反射率の関係から、炭素量が多ければ多いほど反射率が低くなっています(Cloutis et al. 2012)。リュウグウの標準反射率はここにある隕石のどれよりも低いので、リュウグウには炭素が>2wt.%と豊富に存在すると考えられます。ただし、炭素がどのような形でリュウグウに含まれているかはわかりませんが、これまでの研究から炭素質隕石には有機物の形で多く炭素が含まれていたことが分かっているので、リュウグウのサンプルにも多くの有機物が期待できるかもしれません。


図5 熱変性を受けた炭素質隕石の炭素含有量と標準反射率の関係。(Cloutis et al. 2012を改変)
■:粉末試料、□:岩片試料。リュウグウの標準反射率は1.87%(赤線)で、多くの炭素が含まれることが予想される(オレンジの領域)。有機物の形でサンプルに含まれている可能性もある。



■Phase reddening効果
位相角が大きくなるにつれて、天体の色が見かけ上赤くなる効果をPhase reddening効果と呼びます。この効果は月や小惑星イトカワ、彗星チュリモフ・ゲラシメンコなどでこれまで観測されていました。一般的に、反射率の小さな天体では起こらないと思われていた現象ですが、今回リュウグウではこの現象が発見されました。Phase reddeningが起こる理由は完全には解明されていませんが、表面にある波長長程度の粒子・微細構造による多重散乱が原因ではないかとされています。つまり、リュウグウの表面にも波長長程度の粒子・微細構造があることが強く示唆されます。タッチダウン画像解析でも微粒子が舞い上がる様子(Morota et al. 2020)が見えていて、この研究結果も同様なことを示唆しています。ただし、本研究では20kmの観測からも微粒子が存在することがわかるということを意味しています。
また、驚くべきことに反射率やPhase reddeningの特性は非常にベヌー(OSIRIS-RExのターゲット天体)に近いことがわかりました(図6)。これは、リュウグウとベヌーの表面状態が似ていることを示唆しています。これまで、ベヌーとの類似点(密度、形状)はいくつか挙げられてきましたが、反射特性にも類似点があることが分かりました。一方で、ベヌーは含水鉱物が豊富にあるという相違点もあり、新たな発見は謎を深めていくようでもあります。

図6 様々な天体の幾何アルベドとPhase reddening効果の程度。縦軸が大きいほど、Phase reddening効果が強い。Ryuguはベヌーと非常に近い位置にある。このことから表面状態が近いと考えられる



リュウグウからの試料は12月に地球に戻ってくる予定ですが、カメラなどのリモートセンシングから得られる結果を答え合わせするのが楽しみでもあり、少し怖くもあります。はやぶさ2はどんな宝物を持ち帰ってくれるでしょうか。

※ここではBennuのカタカナ表記を原語の発音に近い「ベヌー」とした。「ベンヌ」と表記される場合もある。

巽瑛理(はやぶさ2プロジェクト)
2020.07.10