トピックスリュウグウ表面は一様にスカスカで
デコボコ!

小惑星探査機「はやぶさ2」が行った中高度観測運用で得られたデータを解析することで、リュウグウ表面の熱物性について新たなことが分かりましたが、その論文がアメリカの科学雑誌Icarus(イカルス)電子版 に2020 年5 月16日(日本時間5月17日)に掲載されました(Shimaki et al., 2020)。この論文は、「はやぶさ2」のサイエンスチームのメンバーでもあるISAS/JAXAの嶌生有理 研究開発員を中心に執筆されたものです。以下の記事は、主著者による論文概要の解説です。


論文タイトル: Thermophysical properties of the surface of asteroid 162173 Ryugu: Infrared observations and thermal inertia mapping
著者: Y. Shimaki, H. Senshu, N. Sakatani, et al.    全著者
DOI: 10.1016/j.icarus.2020.113835


■論文の概要

研究チームは「はやぶさ2」に搭載された中間赤外カメラ(TIR)を用いて、2018年8月1日に実施された小惑星リュウグウの連続1自転観測と、凹凸表面の見かけ温度変化(凹凸効果)を考慮した熱モデル計算との比較を行いました。その結果、リュウグウの熱慣性は一様に小さく、スカスカな岩塊が全球で一様に分布していることがわかりました。また、リュウグウの表面はハワイのアア溶岩と同程度に激しくデコボコであることがわかりました。本研究で得られた熱慣性と凹凸度は、リュウグウの軌道進化の計算に大きく影響します。

※リュウグウは数メートル四方での凹凸度合い、アア溶岩は数十センチメートル四方での凹凸度合の比較であることに注意。

■小惑星表面温度に対する凹凸効果

小惑星表面温度は表面の構成物質や粒径などを表す重要な指標です。太陽入射エネルギーが一定の場合、平坦な表面の温度は熱慣性(温まりにくさ)で決まります。一方、凹凸表面があると、凹地形による輻射再吸収(熱の閉じ込め)と、凹凸で生じた日向と日陰に起因する見た目温度の観測方向依存性が生じます(図1)。この効果を凹凸効果と呼びます。この凹凸効果のため、凹凸表面を太陽方向から観測すると暖かく見える一方で、夜側方向から観測すると冷たく見えます。


図1:凹凸効果(©JAXA、千葉工大)



■小惑星1自転観測データと熱モデル計算の予測値の比較

TIRが撮像したリュウグウは、画像内での温度変化が小さいという特徴があります(図2)。これは、日中の温度変化が小さいことに対応します。図3aはTIRが観測したリュウグウ表面の温度履歴と、凹凸効果を考慮しない熱モデル(TPM1)の温度予測値の比較です。その結果、熱慣性を20-800 J m–2 s–0.5 K–1 (以下、tiu)に変化させたモデル計算は観測結果を再現しませんでした。先行研究(Okada et al., Nature 579, 518–522, 2020)では、TPM1の最高到達温度から全球の熱慣性を300 ± 100 tiuと推定し、小惑星リュウグウの表面が低密度の岩塊で覆われていることを明らかにしました。
 今回、研究チームは凹凸効果を考慮した熱モデル(TPM2)を用いた数値計算を行い、2018年8月1日に実施された小惑星リュウグウの連続1自転観測で得られた温度履歴との比較を行いました(図3b)。その結果、凹凸効果によって観測結果を非常に良く説明できることを世界で初めて実証しました。凹凸効果は望遠鏡による地上観測やフライバイ探査からその存在が予見されていましたが、高い時間・空間分解能での観測はこれまで例がありませんでした。「はやぶさ2」は、小惑星が自転する間のホバリング観測とTIRによる二次元イメージングを用いることで、高い時間・空間分解能を実現しました。



図2:2018年8月1日のリュウグウ輝度温度分布(©Shimaki et al., 2020 を改変)

図3:リュウグウ表面の温度履歴と熱モデル計算結果の比較。(a) TIR による観測値(□)と凹凸効果を考慮しない熱モデル(TPM1)による予測値(点線と実線)。(b) 凹凸効果を考慮した熱モデル計算(TPM2)による予測値(+)。Γとσはそれぞれ熱慣性と凹凸度。(©Shimaki et al., 2020 を改変)



■小惑星リュウグウの全球熱物性

TPM2を用いた解析から、熱画像の1ピクセル(4.5 m)の中での熱慣性と凹凸度(水平方向長さに対する高さ方向長さの分散)を独立に推定しました(図4、5)。その結果、リュウグウの全球熱慣性は225 ± 45 tiuと推定され、スカスカな岩塊が全球で一様に分布していることがわかりました。稠密な岩石(玄武岩など)の熱慣性は>2000 tiu、多孔質な炭素質コンドライトの熱慣性は600-1000 tiuであることを考えると、リュウグウの岩塊は非常にスカスカであると考えられます。
 一方、同時に推定されたリュウグウ表面(図7)の全球凹凸度は0.41 ± 0.08でした。これは、凹凸表面の平均傾斜角であるRMS傾斜で表すと47 ± 5°であり、非常に大きいことがわかりました。これはハワイのアア溶岩と同程度に激しいデコボコに対応します(図8)。ただし、リュウグウは数メートル四方での凹凸度合い、アア溶岩は数十センチメートル四方での凹凸度合の比較であることに注意が必要です。また、この類似性は形態的なものであり、構成物質や形成過程の類似性には対応しません(リュウグウ岩塊は有機物に富む炭素質コンドライトと予想されるが、アア溶岩は玄武岩質火山岩である)。しかしながら、微小重力かつ風化作用がない小惑星リュウグウでは、地球上よりも大きなスケールで凹凸度が維持されていることを示しています。また、1/10スケールの「はやぶさ2」をアア溶岩にタッチダウンさせることを考えると、タッチダウンの難しさを実感できるかと思います。さらに、赤道リッジに沿って凹凸度の小さい帯が見られました。これは、過去に赤道リッジと中緯度の間で物質移動があった傍証と解釈しています。




図4:小惑星リュウグウの熱慣性マップ。○は主なクレーター位置を示す。
(©Shimaki et al., 2020 を改変)

図5:小惑星リュウグウの凹凸度マップ。赤道リッジに凹凸度の低い帯が見られる。
(©Shimaki et al., 2020 を改変)


図6:MINERVA-II1 Rover-1Bが撮像したリュウグウ表面(©JAXA)


図7:ハワイのアア溶岩(野口里奈氏提供)。
リュウグウへのタッチダウンは、1/10スケールの「はやぶさ2」がアア溶岩に
タッチダウンすることに相当する。



■小惑星リュウグウのクレーターと岩塊の熱物性

熱慣性と凹凸度は、可視画像とは異なる物理情報をもたらします。例えば、月のクレーターでは衝突放出物が堆積したエジェクタレイが熱慣性異常として検知されています。図8はリュウグウの大きなクレーターと岩塊のONC画像、熱慣性、凹凸度を示しています。大きなクレーターの熱慣性は全球平均と同程度であり、月のエジェクタレイのような衝突放出物や、衝突によって圧密された物質の痕跡は見られませんでした。また、キンタロウクレーター内の岩塊(b2)は全球平均よりも低い熱慣性を示すことから、より低密度な「さざれ石」のような構造をしている可能性が示唆されました。



図8:大きなクレーターと岩塊のONC画像、熱慣性、凹凸度(©Shimaki et al., 2020 を改変)



■リュウグウの軌道進化の計算への影響

本研究の結果から得られたリュウグウの熱慣性と凹凸度は、リュウグウの軌道進化の計算に影響を与えます。小惑星の日中最高温度となる時刻は、自転と熱慣性の影響で南中時刻から遅くなるため、熱輻射の反作用によって天体の軌道が変化し得ます(ヤルコフスキー効果、図9)。また、小惑星形状が自転軸に対して非対称な場合は、熱輻射によるトルクが発生して自転周期が変化します(YORP効果)。ヤルコフスキー効果によるリュウグウの軌道変化の計算は、現在チーム内で研究が進められています。今後は「はやぶさ2」滞在中に実施された小惑星リュウグウの高精度軌道決定と合わせて、モデル計算の実証が期待されています。


図9:ヤルコフスキー効果(©JAXA、千葉工大)


嶌生有理(はやぶさ2プロジェクト)
2020.06.26