トピックスこちら「はやぶさ2」運用室:No.12

時は金なり「アップリンク・トランスファー」


かわいい「はやツー君」にツイッター経由で頼まれては、「Yes」以外の回答は持ち合わせておりません。簡単ではありますが、2016年6月23日に行われた「アップリンク・トランスファー(Uplink Transfer)」というテクニックに関してお話いたします。

「アップリンク・トランスファー」とは2つの地上局で続けて宇宙機を運用する場合に、運用開始時に必要な準備作業を短縮するテクニックです。深宇宙探査機である「はやぶさ2」で24時間連続の運用行うためには、複数の地上局を乗り換えながら運用する必要があります。これは地球が自転しており、1つの地上局だけでは、「はやぶさ2」と通信し続けることができないためです。「はやぶさ2」では、日本の地上局のみならず、海外の地上局に協力してもらいながら24時間連続の運用を行うことがあります。しかしながら、ある地上局から次の地上局に乗り移る時には一度通信を停止し、新しい地上局から送信電波を送り直す必要がありました。地上局から電波を送り直すと、まずは周波数をラフな予測値の前後にずらしながら、宇宙機にとって最適な送信周波数を探るという運用を行います。身近な例を挙げると、ラジオの周波数を合わせるためにダイヤルを回すことに似ています。

「アップリンク・トランスファー」では、この準備作業を短縮します。具体的には地上局Aから地上局Bへ乗り移るときに、宇宙機は地上局Aの送信(=アップリンク)電波から、地上局Bの送信電波に乗り移ります(=トランスファー)。「アップリンク・トランスファー」を行うときに宇宙機は、短時間(約5秒程度)ではありますが、両方の地上局から送信電波を受けることになります。このとき、宇宙機が受ける電波の周波数は、地上局AとBで同じ必要があります。ただし、宇宙機が受ける電波の周波数は宇宙機と地上局の相対運動(ドップラー効果)によって変化しますので、地上局Aと地上局Bからの送信周波数は同じではなく、適切に設定する必要があります。

今回の試験では、そのような地上局の操作とともに、「はやぶさ2」が2つの地上局から同時に電波を受けた場合の挙動を確認することが目的でした。今回の「アップリンク・トランスファー」試験では、NASAのGoldstone局(米国)とCanberra局(豪州)を用いて試験を行い、これらの目的は無事達成することができました。下の図1~3は、6月23日におけるNASAのGoldstone局とCanberra局の運用状況を表したウェブサイト(DEEP SPACE NETWORK NOW)のスクリーンショットです。Goldstone局の25とCanberra局の35から「HYB2」=「はやぶさ2」へ同時に電波が出ていることが見て取れます。ちなみに、「はやぶさ2」は、この「アップリンク・トランスファー」を行った日本初の宇宙機となりました。


  • 図1:豪州Canberra局35と探査機が通信中であることをダブルの波線が示しています。
    (はやぶさ2はHYB2と表記。ダブルの波線はアップリンクとダウンリンクを同時に行っていることを示しています。シングルの波線はダウンリンクのみ行われているという意味です。)
  • 図2:Canberra局35に加えて米国Goldstone局25と探査機が同時通信中となった瞬間。
  • 図3:探査機との通信がCanberra局35からGoldstone局25へ切り替わったため、ダブルの波線がGoldstoneへ移りました。

「はやぶさ2」の場合、このテクニックを身につけることで約40分の時間を節約することができます。短い時間と思われるかもしれませんが、「時は金なり」です。タッチダウン運用に代表されるように、リュウグウでのクリティカル運用においては時間はとても貴重です。また、地上局を変更しても通信が途絶えない事自体がクリティカル運用では非常に重要です。 この「アップリンク・トランスファー」は、リュウグウでの近傍運用のために行っている数多くの準備作業の1つです。今回の試験を乗り越えたことで、リュウグウのサンプルリターンへ向け、また一歩前進することができました。先代「はやぶさ」の経験を活かしつつ、「はやぶさ2」は様々な面で着実に進歩しています。

最後に、当日の運用責任者として活躍された「IES兄」の熱い一言で締めたいと思います。
「リュウグウ海域決戦の準備をまた1つクリア。視界良し!」

はやぶさ2プロジェクト Tomohiro Yamaguchi
2016.06.24

追伸:DSNの協力なくしては今回の試験は実行できませんでした。ここに改めて感謝の意を表します。

追追伸:「はやぶさ2」イオンエンジン担当IES兄の胸熱なつぶやきは小惑星探査機「はやぶさ2」ツイッターアカウントでもご覧いただけます。