トピックスこちら「はやぶさ2」運用室:No.13

未来の宇宙航行技術、Ka帯DDORの実証試験


2016年7月1日にNASAゴールドストン局(米国カリフォルニア州)とESA(欧州宇宙機関)マラルグエ局(アルゼンチン)が、JAXAの「はやぶさ2」のKa帯(32GHz帯)の電波を同時に受信し、 DDOR (Delta Differential One-way Range) 計測を実施し成功しました。

DDORとは、離れた2つのアンテナで探査機からの電波を同時に受信することにより、探査機の位置を正確に計測する技術です。計測では、天球面上で探査機の近くにあるクェーサーという電波を出す天体と探査機とを10~15分ごとに切り替えて交互に観測します。このことで角分解能が数ナノラジアン(1天文単位=約1億5000万km先で数百mの位置精度に相当)という非常に高い精度で探査機位置を測定できます。従来の電波航法では、この確度分解能は1マイクロラジアン程度(マイクロはナノの1000倍なので、1天文単位先で数百kmの位置精度に相当することになります)です。DDOR技術の詳細は ISASコラムや、宇宙科学の最前線をご参照下さい。


今回の実証試験は以下の二つの点がユニークでした:

  • 三つの宇宙機関が連携し合う形態のDDOR計測を実施した
  • Ka帯によるDDOR計測はこれまで殆ど実施されていない

  • これまでにも例えば、JAXAとNASAの間で「はやぶさ2」のDDOR計測を行う機会に乗じて、シャドーナビゲーションとして ESAも実験的にDDORデータの相乗り記録を行うような事はありましたが、今回の計測はJAXAの探査機「はやぶさ2」からの電波をNASAとESAという、異なる二つの宇宙機関が主局として受信してDDOR計測を行いました。これは対象となっている探査機を所有している宇宙機関以外の異なる二つの宇宙機関が主局としてDDOR計測を行ったわけで、世界で初めての試みです。


    三つの宇宙機関が連携し合う複雑な形態の運用が可能になったのは、宇宙技術の国際標準化機関である宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS)において、JAXA、NASA、ESAの3機関が協力し DDOR 技術を標準化した成果です。DDORの計測スケジュール策定において探査機側の送信スケジュール策定は JAXAが、参照電波星の選択や積分時間の選定は NASA が担当し、DDOR実施の推奨規範* で定義される Service requestに準拠して、ESAとDSNの地上局に伝達しました。Service Requestに基づいて各局で記録したデータは DDORデータの推奨規格** を用いて交換されるなど、計5つの CCSDSの文書に準拠して計測が行われました。DDOR技術を実験的段階から国際的に標準化された運用プロセスに昇華させ、技術の汎用化を進めた成果であると言えます。


    今回の DDOR 計測のもう一点の特徴は、日本の深宇宙探査機では初めて搭載されたKa帯の電波を用いて計測を行ったことです。Ka帯の利用により、従来の X帯(8GHz帯)に比べてより高い精度の DDOR 計測を行えるようになりますが、Ka帯のDDORは NASA の火星探査機MRO の巡航フェーズ中(2005-2006年)に世界で初めて試行されて以来、一度も実施されたことがありませんでした。


    DDORの精度は、地球から見たクェーサーの見かけの大きさが精度限界になります。一般的にクェーサーは高周波になるほど構造がコンパクトになるため、Ka帯ではX帯に比べ精度限界が 1/3(300ピコradian)程度にまで向上します。また、DDORの主要誤差要因の一つである電離層遅延補正誤差や惑星間太陽プラズマ補正誤差は、計測周波数の二乗に逆比例して減少するため、Ka帯ではX帯に比べ 1/15程度の誤差に軽減します。Ka帯の利用にはこれらのメリットがある一方で、クェーサーの平均強度はKa帯の方が弱い(1/4程度)事やシステム雑音がX帯に比べ大きい(2~3倍)事など、デメリットも存在します。これらのデメリットを補うのが、Ka帯に割り当てられている広い周波数帯域幅です。X帯の深宇宙通信には国際的に 50MHzの帯域幅が割り当てられているのに対し、Ka帯はその10倍の500MHzが割り当てられています。この広い帯域幅を活かし、クェーサーの積分帯域幅やDDOR計測用のマルチトーン信号の信号間の帯域幅を X帯に比べて 4-8倍程度に増やす事により、上記のデメリットをキャンセルし、総合的な観点で X帯の精度を上回る性能を期待できるようになります。


    はやぶさ2のKa帯信号はX帯の送信信号をそのまま Ka帯で送信している構成であるため、残念ながら、Ka帯が持つ広帯域幅のメリットを活かすことはできないのですが、今回の機会は Ka帯 DDORが持つポテンシャルを実証する非常に希で有効な機会であったため、NASAやESA が積極的に実験に参加しました。現在のJAXA臼田64m局ではKa帯受信はできないため、今回JAXAの地上局は実験に参加できませんでしたが、2018年の完成を目指して開発が進められている臼田後継54m局ではKa帯受信機能が整備されることになっています。将来的にはJAXAでもKa帯DDORを推進していきたいと考えています。


    はやぶさ2の運用は、NASAやESAなどの世界の宇宙機関の貴重な支援があり成立しています。今回の計測は、世界の宇宙機関が国際的に協力して行なっている技術開発成果の実証という観点で、はやぶさ2側が世界に対して貢献したものであり、日々の運用支援に対してささやかながら恩返しができました。


    はやぶさ2プロジェクト Hiroshi Takeuchi
    2016.08.26


    文中の資料(英文)は以下のリンクから読むことができます。
    *DDOR実施の推奨規範: http://public.ccsds.org/publications/archive/506x0m1.pdf
    ** DDORデータの推奨規格: http://public.ccsds.org/publications/archive/506x1b1.pdf