トピックスリュウグウ観測キャンペーン
(天体観測のエキスパート向け)

「はやぶさ2」は現在、小惑星リュウグウ[(162173) Ryugu]に向けて飛行を続けています。リュウグウ到着は2018年の6月から7月頃の予定です。この夏に、そのリュウグウの観測好機を迎えます。観測好機と言っても非常に暗いのですが、「はやぶさ2」のリュウグウ到着前の最後のチャンスです。この機会に「リュウグウ観測キャンペーン」(期間:2016年7月1日〜8月15日)を行いたいと思います。観測が可能な方は是非、挑戦してみてください。
  以下の文章は天体観測に慣れていらっしゃる方に向けて書いたものです。観測に挑戦されない方も、観測された写真が出てくるのを楽しみに待っていただければと思います。また、観測ができるよう天気がよくなることを祈っていただければ。


1.観測の条件
 リュウグウを観測しやすくなるのは、今年(2016年)の7月から8月の初めにかけてです。そのときにリュウグウが最も明るくなり18等台になります。明るくなると言ってもかなり暗いですから、口径1m程度の望遠鏡が必要だと思います。また、露出時間をかける必要があると思われますが、リュウグウは背景の星の中を移動していきます。通常の恒星追尾で撮影する場合、リュウグウが恒星に対して移動してしまいますから露出時間が長ければよいということでもありません。もし、リュウグウの動きに合わせて望遠鏡を動かすことができる場合には、口径50cm程度の望遠鏡でも撮影が可能かもしれません。このときには、恒星の像が延びることになります。どのくらい暗い天体まで撮影することができるのか、事前に確認してみるのがよいと思います。
なお、7月20日は満月になりますので、この前後は暗い天体の観測には不向きになるかと思います。観測の時には、月齢にもご注意ください。

2.リュウグウの明るさ・位置
 図1と図2にリュウグウの明るさや位置などの情報を示します。まず、これらの図をみていただいて、リュウグウの明るさやその位置について概略を把握してみてください。特に重要な実視等級ですが、7月の中旬くらいから8月の初めにかけて、18等台になります。この期間からずれると、19等そしてさらに暗くなってしまいますので、観測がより難しくなります。

  • 図1 小惑星リュウグウ関するデータ その1
    太陽位相角とは、太陽—リュウグウ—地球がなす角。観測地は国立天文台岡山天体物理観測所を仮定。
  • 図2 小惑星リュウグウ関するデータ その2
    観測地は国立天文台岡山天体物理観測所を仮定。

 図1、図2は、観測地が国立天文台岡山天体物理観測所を仮定しています。観測する場所によって、リュウグウが見える方向は少し違いますので、ご注意ください。リュウグウが見える位置は、たとえば、JPL(ジェット推進研究所)が公開しているHORIZONS System(http://ssd.jpl.nasa.gov/?horizons)を用いて求めることができます。

3.観測のための工夫
観測を行うときには、図3のようなファインディングチャートがあると便利です。これは、星図(横軸が赤経、縦軸が赤緯)の中、にリュウグウの位置を時刻ごとに記載したものです。図3においてリュウグウは、左から右へと動いています。

  • 図3 岡山天体物理観測所から見たリュウグウの位置
    黒丸(●)は恒星で、USNO-B1.0のカタログのデータから18等までをプロットした。 リュウグウの位置は、2016年7月5日(a)、2016年7月15日(b)、2016年7月25日(c)、2016年8月5日(d)のもので、1時間ごとにプロットした。時刻は世界時。

図3を見ると、この観測好機の時期には、リュウグウがこの図においてほぼ左右方向に動くことが分かります。これは赤経方向ですから、望遠鏡(赤道儀)が星を追尾するのに動く方向です。もし、望遠鏡の追尾速度を変更して小惑星の動きに合わせるようなことができれば、リュウグウが確認できるかもしれません。(←観測のヒント)

4.観測で得られる情報
 「はやぶさ2」プロジェクトの地上観測チームでも、この機会にリュウグウの観測を計画しています。観測を行う重要な目的の1つは、リュウグウの自転軸の向きを推定することです。これまでの観測で、リュウグウの大きさや形、そして自転周期や自転軸の向きが推定されています。自転周期についてはかなり正確に推定されていますが、他はまだ誤差が大きい可能性があります。特に、自転軸の向きは、「はやぶさ2」がリュウグウに到着してからの観測運用に大きな影響があるので、なるべく正確に知りたいのですが、望遠鏡の観測では正確に推定することが難しいのです。特に、今回のリュウグウの場合は形が球形に近いということもあり、推定がより難しくなっています。そこで地上観測チームでは、今回の観測好機に海外の大型望遠鏡を用いた観測を実施し、自転軸の推定精度を高める予定です。
 ちなみに、「はやぶさ」が探査した小惑星イトカワの場合には、形が細長かったことに加えて、レーダーによる観測も事前に行われていたので、探査機が到着する前から自転軸の方向はよく分かっていました。リュウグウの場合には、事前のレーダー観測ができなかったため、光学望遠鏡による観測データから自転軸の向きを推定しなければなりません。そのときに使うデータは、ライトカーブと呼ばれる、小惑星の明るさの変化のデータです。リュウグウは約7時間38分の周期で自転していますから数時間にわたって観測を行いその明るさの変化が分かれば、自転周期の推定に役に立ちます。もし可能でしたら、ライトカーブの観測も行ってみてください。ただし、これまで多数のライトカーブの観測データがあるので、より誤差の小さいデータでないと、自転軸の推定精度は上げることはできないのですが。

5.最後に
「はやぶさ2」の地球スイングバイの時に、「はやぶさ2」の観測キャンペーンを行いました。そのときには、日本公開天文台協会(JAPOS)と日本惑星協会(TPSJ)に協力していただきましたが、この「リュウグウ観測キャンペーン」も、JAPOSとTPSJにはご協力いただいていおります。ぜひ、多くの皆さんに観測に挑戦していただければ幸いです。

はやぶさ2プロジェクト 地上観測チーム
2016.06.21