トピックスこちら「はやぶさ2」運用室:No.3

TCMの加速を実現する化学推進系
− ピンポイントな位置に導くカメさんを目指して −

TCM1で,化学推進系が本格デビューを果たしました.これまでは数10msecという非常に短い時間の噴射で姿勢制御を行っていただけでしたが,今回300msecを超える噴射を4回行い,地球スイングバイに向けた最初の加速を実現しました.この実績は,TCM2はもちろん,今後,さまざまなミッションを行う基礎データとなっていくのです.

一般に宇宙機は推薬を放出することで加速・減速します.具体的には,推薬を放出する反動で反対方向の速度を得ます(運動量保存の法則).この方法は地球上の移動物体には,ほとんど採用されていません.例えば,車・船・飛行機は,それぞれ地面・水・空気を押すことで推進します.しかし,あいにく宇宙には押すものがないため,代わりに推薬を放出しているのです(これ以外に,宇宙空間で太陽光に押してもらう方式もあり,ソーラーセイルと呼ばれています).

推薬は通常,ガス圧で放出します.これを実現するのが化学推進系であり,比較的大きな推力が得られます.特にはやぶさ2では燃料と酸化剤を用いて燃焼させる二液式を採用しています.スラスタ(噴射口)は全部で12個あり,2つずつ同時に噴射します.この組み合わせにより,X, Y, Z軸の並進制御と回転制御を実現できます.はやぶさ2では,このほかに,推薬を電気の力で放出する電気推進系も有しています.電気推進は燃費がよいため,はやぶさ2の軌道制御の大部分を担います.化学推進は,地球・小惑星に向けた軌道修正,小惑星での位置制御のほか,姿勢制御等で活躍します.

一般に,化学推進系は,バルブを開いた直後はガス圧が安定せずに推力がばらつきます.そして,ガス圧が安定した後もスラスタ間の個体差が残ります.この傾向は地上で燃焼試験を実施することである程度把握でき,この結果をもとに12個のスラスタ配置が決められています

今回のTCM1では,-Z軸方向と-X軸方向に増速する必要があり,スラスタ1と3,スラスタ9と11を噴射しました.どちらも2回ずつに分割して噴射し,2回目の噴射で1回目の噴射誤差も吸収できるように工夫しました.冒頭で述べたように,長い時間の噴射は初めてなので,地上燃焼試験結果を踏まえて各スラスタの噴射時間を設定しました.

TCM1は無事成功しましたが,TCM2に向けたさらなる精度向上を行っています.まず,噴射による速度変化(ドップラー等で計測)から2つのスラスタの加速量の「和」が分かります.さらに,噴射による姿勢の乱れ(リアクションホイール等で計測)から2つのスラスタの加速量の「差」が分かります.これらを組み合わせると各スラスタの加速量が計算できます.各スラスタは2回ずつ噴射しているので2回分のデータが得られ,これらをもとに各スラスタの加速量の性能を更新しました.各スラスタの性能がどのように更新されたかを踏まえ,まだ使用していないスラスタに対しても,加速量を高い精度で予測することができそうです.

このように化学推進系は噴射すればするほどデータが蓄積され,より正確に性能を把握できるようになります.姿勢制御チーム等と連携しながら,この活動を継続することで,地球スイングバイはもちろん,小惑星に人工クレーターを作る時の退避や小惑星へのピンポイント着陸といった厳しい要求にも応えられると考えています.

初代はやぶさでは,2回目のタッチダウンの直後に燃料が漏洩して,その後,化学推進は使用できなくなりました.はやぶさ2では,リュウグウから地球に帰ってくるまで,地道な活動を続けながら,電気推進とともに「カメさん」の役割をしっかりと果たしていきたいと思います.

はやぶさ2プロジェクト O.M.
2015.11.17