トピックスこちら「はやぶさ2」運用室:No.2

TCM1のための高精度軌道測定
− カタツムリよりも遅いスピード変化も見逃さない −

11月3日にスイングバイに向けた第一回軌道修正(TCM1)を実施して無事終了しました。TCM1の前後には、JAXA臼田64mアンテナとNASAが保有する世界中のアンテナが協力して「はやぶさ2」の軌道を測定し、修正すべき軌道のずれの量や軌道修正の実績などを精密に計算しました。 宇宙船の軌道測定にはいくつかの手法がありますが、最も基本的な手法が「ドップラー計測」です。向かってくる救急車のサイレンの音が高くなり、遠ざかると低くなるのと同じで、「はやぶさ2」から送信されている電波の周波数の高さ(=電波の’音色’の高さ)を地上アンテナで正確に聞きとれば、「はやぶさ2」が地球に向かってきている速度を知ることができます。また、地球は自転をしているので、「はやぶさ2」の電波を耳を澄まして良く聞くと、地球の自転と同期して電波の周波数が高くなったり低くなったり繰り返している事が分かります。周波数の高さが最大・最小になるタイミングや、周波数変動の高低の幅などを正確に測定すれば、「はやぶさ2」が空のどの方向を飛んでいるのかが分かります。世界中の多くのアンテナが参加すれば、様々な場所やタイミングで‘音色’を聞き分ける事ができるので、より正確に「はやぶさ2」の軌道を測定することができるのです。軌道測定の手法には「ドップラー計測」の他にも、地上アンテナと宇宙船までの距離を正確に測定する「レンジ計測」や、地球上で遠く離れた2台のアンテナで協力し、宇宙の超遠方で電波を放射している”電波銀河“と「はやぶさ2」の電波を交互に受信して、銀河とはやぶさ2の間の天球面上の相対位置を測定する「Delta-DOR(Delta Differential One-way Ranging)計測」などの手法があります。TCM1の少し前から地球スイングバイにかけて、これらの計測を世界中で毎日繰り返し、「はやぶさ2」を地球に向けて正確に誘導しているのです。

TCM実施時の速度制御量調整も、「ドップラー計測」を用いて行ないます。11月3日に行なわれたTCM1では、なるべく高い精度で軌道制御を行なうために、計4回に分けてスラスタ噴射を行ないました。スラスタ噴射時にリアルタイムで「ドップラー計測」を行うと、噴射前後の「はやぶさ2」の速度変化を0.1mm/sの精度で検出する事ができます。最初の二回の噴射で検出された速度変化実績を、後の二回の噴射量に反映させる事により、非常に高い精度で TCMを実施する事ができました。 ちなみに、典型的なカタツムリの速さは1mm/s程度(世界記録は2.75mm/s)だそうです。一千万キロ以上離れた場所を進むカタツムリが、歩みを緩めて一休みをしたとしても見逃さない程の驚異的な計測精度を持つ「ドップラー計測」が、「はやぶさ2」の順風満帆な航行を支えているのです。

TCMのためにいくら正確に軌道を計測しても、スラスタ噴射の量や方向を精密に制御できないと、目的の場所には誘導できません。このことに関しては、推進系の専門の方にお話ししてもらいます。

はやぶさ2プロジェクト H.T.
2015.11.09