トピックス太陽−地球系のL5点付近の観測について

「はやぶさ2」が打ち上がってから、2年4ヶ月余りが過ぎました。運用は順調に行われており、スイングバイ後の2回目の長期イオンエンジン運用がほぼ終了するところです。リュウグウ到着は2018年の6−7月の予定ですから、あと1年余りとなりました。

そしてちょうど今、「はやぶさ2」は特別な場所を飛行しています。特別な場所というのは、ラグランジュ点の1つであるL5点というところです(ラグランジュ点は、L5のように数字を下付で表記することが多いですが、ここではL5のように表記することにします)。詳しい説明はあとでしますが、単純に言うと、地球の軌道面上に太陽と地球を一辺とした正三角形を描いたときの太陽、地球以外の頂点です。図1に模式図を示します。正三角形は2つ描くことができますので、2つの頂点がありますが、地球より先行している方をL4点、後にある方をL5点と呼んでいます。この2つの点は力学的に特別な場所で、ここに小惑星が存在している可能性があるのです。実際、太陽−木星系のL4、L5点のまわりにはたくさんの小惑星が存在し、木星トロヤ群小惑星と呼ばれています(後述)。

  • 図1 太陽−地球系のラグランジュ点L4とL5の位置。点線の三角形は正三角形である。

「はやぶさ2」がL5点付近にいる機会を利用して、太陽−地球系でのトロヤ群小惑星が発見できないか、「はやぶさ2」のカメラでL5点付近を撮影してみようということになりました。

撮影の話の前に、「はやぶさ2」の現在の位置を確認してみましょう。図2に「はやぶさ2」と地球の軌道と2017年4月10日の位置を示します。この図を見ると、太陽−地球−「はやぶさ2」がちょうど正三角形を作っていることが分かります。そして、「はやぶさ2」が地球の公転方向の後ろ側にいますから、L5点付近に「はやぶさ2」がいることがわかります。

  • 図2 2017年4月10日の「はやぶさ2」と地球の位置。軌道と天体は、黄道面に投影された位置である。赤い点はリュウグウの位置である。点線は正三角形を示す。

さらに、別の見方をしてみると、よりはっきり分かります。図3を見てください。この図も「はやぶさ2」の軌道を示しているのですが、図2とは全く雰囲気が違いますね。図2では太陽は不動でその周りを地球や「はやぶさ2」が回っている様子が示されていて直感的には分かりやすい図ですが、図3の方は、太陽と地球が固定されているとして「はやぶさ2」の軌道を描いたものです。専門的には、“太陽−地球固定系”ないし“回転座標系”で描いた軌道図と呼んでいます。この図では地球を基準にして、(別の言葉で言えば地球から見た)「はやぶさ2」の軌道が描かれているわけです。現在「はやぶさ2」は陽−地球を一辺とする正三角形の頂点付近で小さな円を描いているように見えます。つまり、「はやぶさ2」はしばらくの間、L5点付近をずっと飛行していたのです。


  • 図3 太陽と地球を固定した回転座標系で描いた「はやぶさ2」の軌道。「はやぶさ2」の軌道上で赤く示してあるのは、イオンエンジンが動作しているところである。この図では2017年3月17日の「はやぶさ2」の位置が示されているが、現在の位置は少しだけ右側に移動したところ(赤い線の端付近)である。なお、この図では、リュウグウの軌道も描かれている。

ということは、L5点付近の観測チャンスはすでにあったと思われるかもしれませんが図3でも示してあるように、このところずっとイオンエンジンを運用していました。これまではイオンエンジンの運用を最優先で行い、他の運用は最小限に抑えていたので、観測を行うことはできませんでした。イオンエンジンの運用は4月末くらいまで続くのですがイオンエンジン運用の終盤になり時間的な余裕がでてきましたので、4月18日くらいにL5点付近を撮像してみることになったのです。

撮影には「はやぶさ2」の光学航法カメラのうちの望遠のもの(ONC-T)を使います。イオンエンジン運転時の探査機の姿勢はほぼ太陽指向です。太陽指向とは、太陽電池のパドルを太陽方向に向けているわけです。そうすると反対側に付いているONC-Tは反太陽方向を向くことになります。L5点にぴったり一致するわけではありませんが、L5点付近の撮影ができます。この探査機の姿勢では天体があれば満月の状態に見えますので、観測に適した姿勢にもなっています。撮影のために探査機の姿勢を変更する必要はありません。

ONC-Tはリュウグウを近距離で撮影するのが目的のカメラなので、暗い天体の撮影は無理なのですが、仮に探査機から30万km以内に直径が100メートルくらいの小惑星があれば撮影は可能です。ここで100mとしたのは、L5点付近にあって大きさが100mより大きいものは地上観測で発見されてしまっている可能性が高いためです。つまり、新発見の天体だとすると100mかそれ以下になる可能性が高いので、それから逆算するとONC-Tでは30万km以内に小惑星がないと撮影が難しいということになります。30万kmというと太陽系空間のスケールでは非常に短いですから新発見の可能性はかなり小さくなりますが、撮影を試みてみることにしたわけです。

実は、米国が打ち上げたオサイリス−レックス(OSIRIS-REx)が最近似たようなことをやっています。オサイリス−レックスの方は太陽−地球系のL4点付近を通過したのですが、そのときに約2週間にわたってMapCamという装置を使ってL4点付近の撮影をしています。しかし残念ながらL4点付近のトロヤ群小惑星の発見はできませんでした。ただし、いくつかの既知の小惑星の撮影はできたようです。詳しくは、 OSIRIS-RExのWebページに報告がでていますのでご覧ください。

OSIRIS-RExでも地球トロヤ群の発見はできなかったので、「はやぶさ2」でも発見は難しいと思いますが、万が一にでも発見できれば科学的に興味深いデータとなります。また、発見できなくても、画像から小天体を探すこと自体は、リュウグウに到着する直前にリュウグウの周りに衛星があるかどうかや、衝突装置を使った後でリュウグウの周りを飛行する物体が存在するかどうかの確認の練習になります。太陽−地球系のL5点付近に日本の探査機が行く機会は少ないですから、可能な範囲でこの貴重な機会を活用したいと思います。



参考:ラグランジュ点について

ラグランジュ点とは、質量を持つ3つの点(質点と呼ぶ)が万有引力を互いに及ぼしながら運動する場合(三体問題)を考えるときに出てくる特別な点のことです。本文ではL4とL5を説明しましたが、L1、L2、L3もあります。太陽−地球系の場合のすべてのラグランジュ点を描くと図4のようになります。



  • 図4 5つのラグランジュ点の位置。この図で、L1、L2、L3の位置(地球軌道からの距離)はかなり誇張してある。L1とL2の地球からの距離は、約150万kmである。

仮に太陽と地球以外に引力を及ぼす天体がなくて、また地球の軌道を円だとした場合、L1からL5のそれぞれの点にある特定の初速度で天体を置くと、その天体はずっとその位置に留まります。つまり、地球が太陽の周りを公転するときにL1からL5に置かれた天体は常にその位置をキープしながら太陽の周りを公転することになります。太陽と地球を固定した回転座標系でみると、L1からL5に置かれた天体はその位置から動かないわけです。このような特殊な点がラグランジュ点なのです。これは、L1からL5の点において、太陽と地球からの引力と遠心力が釣り合う点だと考えてよいことになります。

L1、L2、L3はオイラーによって発見されたので「オイラーの直線解」と呼ばれます。一方、L4とL5はラグランジュによって発見されたので「ラグランジュの正三角形解」と呼ばれています。

これらの解が単に数学上のものではないことは、木星トロヤ群の分布を見ると明らかです。図5に小惑星の分布を示しますが、太陽−木星系におけるL4およびL5点の周りにはたくさんの小惑星が分布しています。これらの小惑星が木星トロヤ群なのですが、2017年3月12日現在、木星の前方(L4点のまわり)に4184個、後方(L5点のまわり)に2326個発見されています。ちなみに、トロヤ群と呼ばれる理由は、これらの小惑星にギリシア神話のトロイア戦争に関連した人物の名前が付けられたためです。一部例外はありますが、前方(L4)の方はギリシア側、後方(L5)はトロイア側の人物の名前が付けられています。


  • 図5 発見されている約73万個の小惑星の2017年4月10日の位置。木星軌道上で木星の前方と後方に小惑星が集まっている部分があり、ここに存在している小惑星が木星トロヤ群小惑星である。

この木星トロヤ群の分布を見ていただければ分かるように、実際の天体はL4点やL5点そのものにぴったり重なって存在するわけではありません。L4やL5点の周りに存在しています。これはL4やL5点が力学的に“安定”なので、L4やL5点からずれてもその周りに天体が存在し続けることができるのです。この理由はコリオリ力というものを考慮して説明できますが、複雑になるのでここでは省略します。いずれにしても、「はやぶさ2」の観測でL5点そのものを観測しなくてもその周辺を観測すればよいことがわかります。

一方、L1、L2、L3に対応したところに自然の天体が集まっているということはありません。これはこれらの点が力学的に“不安定”であるからで、最初にL1、L2、L3に存在していたとしても、少しでもずれてしまうとそのずれがどんどん拡大してそれぞれの点から離れていってしまうのです。ですが、特にL1とL2は人工衛星や探査機にとっては重要で、これらの点の周辺に探査機を保っておくことは少ない燃料で可能になります。例えばL1点付近からはSOHO(ソーホー)などの衛星が太陽を観測していますし、L2点付近からはWMAP、プランク(Plank)、ハーシェル(Herschel)宇宙望遠鏡、ガイア(Gaia)などが遠方の宇宙を観測しています。


はやぶさ2プロジェクト
2017.04.11